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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)252号 判決

フィンランド国 エフアイエヌ-00530

ヘルシンキ ジョン ステンベルジン ランタ2

原告

メトラ オーワイ アクチーボラグ

代表者

ペッカ バータネン

ヘイツキ オーロネン

訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

岩井秀生

林鉐三

森徹

岩本行夫

吉田裕

山本貴和

東京都大田区中馬込3丁目3番18号

被告

株式会社テシカ

代表者代表取締役

加藤良治

訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

弁理士 安原正義

主文

特許庁が、平成5年審判第22345号事件について、平成8年4月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「下水システム」とする特許第1424838号発明(昭和54年8月24日出願(1978年8月25日優先権主張、フィンランド国)、昭和62年7月28日出願公告、昭和63年2月15日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成5年11月30日、原告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第22345号事件として審理したうえ、平成8年4月15日に「特許第1424838号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年7月1日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

少数の下水汚物生成ユニットと、

下水汚物の収集室と、

各下水汚物生成ユニットと前記収集室との間に設けられており、全容積の小さい下水管と、

下水汚物を下水管を介して収集室に送るべく減圧状態を生起させるための機構と、

前記減圧状態生起機構を始動及び停止させるための制御機構と、

前記少数の下水汚物生成ユニットのうちの選択された一つの下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており、

前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にあるように構成されている下水システム。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明が、特開昭50-98151号公報(以下、「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)及び実公昭49-44289号公報(以下「引用例2」といい、そこに記載された考案を「引用例発明2」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、本件発明は、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるから、同法123条1項1号の規定により、無効とすべきものであるとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本件発明の要旨の認定及び本件発明と引用例発明1との相違点1、2の各認定並びに相違点1についての判断は認める。引用例1(審決甲第2号証、本訴甲第3号証)及び引用例2(審決甲第1号証、本訴甲第4号証)の各記載事項の認定(審決書5頁6行~10頁5行)のうち、各引用例の記載を引用し、又は、図面の表示を記載した部分(同5頁7行~6頁4行、同頁10~18行、7頁3~11行、同頁16行~9頁3行、同頁10行~10頁1行)及び引用例1に「汚水を汚水管を介して収集室に送るべく減圧状態を生起させるための真空ポンプと、このポンプを始動及び停止させるための自動制御装置」が開示されていること(同7頁12~15行)は認め、その余は争う。本件発明と引用例発明1との一致点の認定及び相違点2についての判断は争う。

審決の一致点の認定及び相違点2についての判断はともに誤りであるが、取消事由としては、相違点2についての判断の誤りのみを主張する。すなわち、審決は、引用例発明2の技術事項を誤認して相違点2についての判断を誤った結果、本件発明が引用例発明1、2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(相違点2についての判断の誤り)

審決は、本件発明と引用例発明1との相違点2、すなわち、引用例1に、本件発明の「『各個別』の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、『主として必要な時間のみ』下水管に減圧状態を生起させるべく構成した点」(審決書11頁14~16行)の記載がないことにつき、「甲第1号証(注、引用例2)には、『一定の時間のみ配管4内の圧力空気が放出され減圧状態にする』構成が開示されている。」(同6頁5~7行)との認定を前提として、「甲第1号証に記載の『配管』及び『便器』は、本件特許発明の『下水管』及び『下水汚物生成ユニット』に相当し、また、『一定の時間』とは、便器A内の汚物は配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸取られるのに『必要な時間』を意味するので、結局、甲第1号証には、1つの下水汚物生成ユニットについて『必要な時間の間のみ下水管内の圧力空気を放出させ減圧状態にする』構成が開示されているといえる。・・・1つの下水汚物生成ユニットについて必要な時間のみ下水管に減圧状態を生起させることが甲第1号証に記載されている以上、かかる機構を甲第2号証(注、引用例1)に記載の1つの収集室と複数の下水汚物生成ユニットからなる下水システムに適用し、『各個別』の下水汚物生成ユニットからの排出物を1つの収集室に送るよう構成することは、当業者なら容易に想到することができたものといわざるをえない。したがって、甲第1号証に記載のかかる機構を甲第2号証に記載の複数の下水汚物生成ユニットに適用して、本件特許発明のごとく構成することは、当業者が容易に発明することができたものと認められ、」(同12頁10行~13頁12行)と判断した。

しかし、この認定判断のうち、引用例2記載の「便器」が本件発明の「下水汚物生成ユニット」に相当することは認めるが、その余は誤りである。

(1)  審決は、漠然と引用例2記載の「配管」が本件発明の「下水管」に相当するものと認定しているが、引用例発明2において本件発明の「下水管」に相当するのは下水汚物を送るための配管Dのみであり、配管4はこれに相当しない。

そして、引用例発明2において下水汚物を送るために減圧を生起させる部分は、配管Dのうち吐出弁1より下流側、つまり、吐出弁1から汚物収集タンクBまでの部分と、それに連通する汚物収集タンクBであるが、この部分は、常時真空に維持されているものであって、必要な時間の間のみ減圧状態が生起されるものではない。

そのことは、引用例発明2が「前記吸取管に接続した汚物収集タンクの真空度合によつて切換わる圧力スイツチ」(甲第4号証実用新案登録請求の範囲)を必須の構成要件としており、引用例2に「9は圧力スイツチであつて、吸取用配管Dの汚物収集タンクB側に連通させた配管10に設けてあり、」(同号証1頁右欄36~末行)、「この時点で便器Aに洗浄を終了する。汚物および水、室内空気の吸取りによつて、配管10の真空度が低下し、所定範囲の真空度以下になるので、圧力スイツチ9が切換わり、その接点9aは開、接点9b、9cは閉成する。従つてモータMは始動され、真空ポンプCを駆動する。真空ポンプCはこの駆動で、汚物収集タンクB内の真空度を上げるが、配管10の真空度が所定の範囲に達すれば圧力スイツチ9は復帰するから、真空ポンプCはその時点で停止する。」(同号証2頁左欄32~42行)と記載されているとおり、該圧力スイッチが、配管10、したがってこれに連通した配管Dのうちの吐出弁1より下流側部分及び汚物収集タンクBの真空度を継続的に観察するための装置であることから見て明らかである。

すなわち、本件発明の「下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており」との構成及びこれと裏腹の関係にある「前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にある」との構成の技術的意義は、「下水システムの構成は特に真空が各別々の放出汚水を運ぶのに必要なときだけ下水管中につくられるという理由から非常に簡単であるという結果になる。従つて、従来の真空下水の場合のように下水管中に真空を継続的に維持する必要はなく、また真空装置の継続的機能を観察するための装置も必要ない。」(本件明細書3頁左欄21~27行)という点にある。そうすると、上記圧力スイッチのような真空装置の継続的機能を観察するための装置を必要とする引用例発明2の構成は、「前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にある」ような構成ということはできず、したがって、引用例2には、これと裏腹の関係にある「下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させる」構成も開示されているとはいえないのである。

また、審決は、引用例2において、圧力空気が放出され減圧状態にする「一定の時間」とは、便器A内の汚物が配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸取られるのに「必要な時間」を意味すると判断するが、引用例2の上記引用部分に記載されているとおり、引用例発明2においては、便器Aの洗浄終了後、汚物、水及び室内空気の吸取りによって、配管10の真空度が低下したときに圧力スイッチ9が切換わり、真空ポンプCが駆動するのであるから、審決の上記判断も誤りであることが明らかである。

但し、引用例2の上記「汚物および水、室内空気の吸取りによつて、配管10の真空度が低下し、所定範囲の真空度以下になるので、圧力スイツチ9が切換わり、・・・真空ポンプCを駆動する」との記載は、1回の吸取り、すなわち1回の便器の使用によって、配管Dの真空度が所定値以下に低下し、真空ポンプCを駆動することを意味するものではない。

すなわち、引用例2においては、汚物収集タンクBからの汚物の排出が何ら考慮されていないから、汚物収集タンクBが汚物で満たされたときには、システムの作動を停止させ、汚物収集タンクBを吸取用配管Dから取り外して空にする作業を行わなければならないが、そのような作業を頻繁に行わなくても済むようにするためには、汚物収集タンクBの容積を大きくしなければならない。したがって、減圧を生起させる部分である汚物収集タンクBの容積と吸取用配管Dのうちの吐出弁1より下流側部分の容積との合計はかなり大きくなるから、一旦、真空ポンプCが駆動されて、真空度が上がった後は、便器Aから汚物収集タンクBへの汚物の排出を相当回数行うまでは、真空度は低下しないのである。

(2)  被告は、引用例発明2の配管Dのうち便器Aから吐出弁1までの部分、つまり、吐出弁1より上流側部分が、吐出弁1の作用により必要な時間の間のみ減圧状態を生じさせるものであって、引用例2には、本件発明の下水汚物生成ユニットと下水汚物収集室との間の半分以上に相当する部分について必要な時間の間のみ減圧状態を生じさせることが開示されており、その範囲で本件発明と引用例発明2とは共通するから、引用例2に「主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく」構成した点の開示があるとした審決の判断に誤りはないと主張する。

しかしながら、真空下水システムにおいて、下水汚物排出物を送るために減圧状態を生起させる部分が吐出弁の下流側であることは技術常識であり、本件特許発明においては弁9の下流側部分、引用例発明2においては吐出弁1より下流側部分とそれに連通する汚物収集タンクBとがこれに当たる。引用例発明2において、配管Dの吐出弁1より上流側部分は、便器Aを介して大気に連通されていて、吐出弁が閉じているときには大気圧状態にあり、吐出弁1が開いたときには、空気及び下水汚物排出物が上流側部分から下流側部分へ流入するものであるが、このとき、仮に上流側部分に減圧状態が生ずるとしても、それは、下流側部分に生起されている減圧によって上流側部分の空気及び下水汚物排出物が吸引されることに伴い、付随的に生ずるにすぎないものであり、「下水汚物排出物を送るために生起される」ものではない。また、その上流側部分は、上記のとおり、便器Aを介して大気に連通されているから、真空ポンプ(減圧状態生起機構)の始動及び停止を制御することにより減圧状態を生起させることができる部分でもない。

したがって、引用例発明2において、配管Dの上流側部分から下流側部分へ空気及び下水汚物排出物が流入したときに、上流側部分に減圧状態が生起されるか否かは、真空下水システムの機能とは全く関わりがなく、本件発明の「下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており」との構成要件とは無関係であり、これをもって、引用例2に「主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく」構成した点の開示があるとすることはできない。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(相違点2についての判断の誤り)について

(1)  原告は、引用例発明2において本件発明の「下水管」に相当するのは下水汚物を送るための配管Dのみであるとして、引用例2記載の「配管」が本件発明の「下水管」に相当するものとした審決の認定を非難するが、「配管」には当然「配管D」も含まれるのであるから、原告の非難は当たらない。

また、引用例2には、「1は吸取用配管Dの途中に設けた吐出弁、2は給水用配管Eの途中に設けた給水弁であつて、両者が開くことによつて前記便器Aの洗浄を行うのである。吐出弁1は通常、例えば電磁弁3および配管4を介して与えられている配管5からの流体圧(圧力空気等による)によつて閉じ、電磁弁3が切換わつて配管4が吸取用配管Dの汚物収集タンクB側に連通した時に開くようにする。」(甲第4号証1頁右欄11~18行)、「T1、T2はタイマーであつて、前記各励磁コイル3aおよび2aの回路を開閉する接点T1_1およびT2_1をそれぞれ有しており、動作時は前記吐出弁1および給水弁2を或る一定時間だけ開の状態にする役目を持つている。」(同欄24~28行)、「押釦スイツチ8を押すと・・・給水弁2は励磁コイル2aが励磁されて開となり、電磁弁3は励磁コイル3aが励磁されて切換わる。電磁弁3が切換わると配管4は配管6に連通して配管4内の圧力空気が放出され、吐出弁1も前記給水弁2と同時的に開く。両弁1、2が開くと、便器A内の汚物は配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸取られ、同時に配管Eから便器Aに給水される水および室内空気も吸取られる。この時の水および空気の流れによつて、便器A内を洗浄する。吐出弁1および給水弁2は前記タイマーT1、T2の作用によつて一定時間後閉状態に復帰せられ、前記給水および吸取りの機能を停止する。」(同2頁左欄12~32行)、「この考案は、・・・少い水で短時間の中に便器の洗浄を達成する」(同頁右欄24~27行)等の記載があり、これらの記載に照らして、審決の相違点2についての判断に誤りはない。

原告は、引用例発明2においては圧力スイッチが必要とされるので、引用例2には、本件発明の「前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にある」との構成要件の記載がないと主張するが、このような主張は、「真空装置の継続的機能を観察するための装置が必要なくなる」のが本件発明であり、それが必要とされるものは本件発明の構成要件に当たらないという、発明の要旨に含まれない事項をメルクマールとする独自の解釈に基づくものであって、容れる余地がない。

(2)  引用例発明2において、吸取用配管Dは、便器Aから吐出弁1までの部分と、吐出弁1から汚物収集タンクBまでの部分とからなるものであるところ、吐出弁1から汚物収集タンクBまでの部分は、仮に、必要な時間の間以外も減圧状態にあるとしても、下水システムあるいは便器の洗浄装置における経済効率上の理由から常時減圧状態に置くとすることは非現実的であり、例えば、便器設置室内への入室と同時に室内の照明と連動させて減圧状態とするものである。

また、本願発明の要旨において、下水汚物生成ユニットと下水汚物収集室との間のすべてにわたって、主として必要な時間の間のみ減圧状態を生起させなければならないとはされていない。しかるところ、引用例発明2の吸取用配管Dのうち便器Aから吐出弁1までの部分が、吐出弁1の作用により必要な時間の間のみ減圧状態を生じさせるものであることは明らかである。そうすると、仮に、吐出弁1から汚物収集タンクBまでの部分が必要な時間の間以外も減圧状態にあるとしても、引用例2には、本件発明の下水汚物生成ユニットと下水汚物収集室との間の半分以上に相当する部分について必要な時間の間のみ減圧状態を生じさせることが開示されており、その範囲で本件発明と引用例発明2とは共通するから、引用例2に「主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく」構成した点の開示があるとした審決の判断に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  引用例発明1の構成について

(1)  引用例1に本件発明の「『各個別』の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、『主として必要な時間のみ』下水管に減圧状態を生起させるべく構成した点」(審決書11頁14~16行)の記載がないことを、本件発明と引用例発明1との相違点2とした審決の認定に誤りがないことついては、当事者間に争いがない。しかし、審決は、該相違点を認定する一方で、引用例発明1につき、「甲第2号証(注、引用例1)には、『・・・便器からの汚水を収集室に送るために、ある時間の間だけ汚水管に減圧状態を生起させるべく自動制御装置を作動させる』構成が開示されているといえる。」(同9頁4~8行)、「甲第2号証には、『汚水管に減圧状態を生起させるある時間以外の間は、汚水管がより高い圧力(大気圧)下にあるように構成されている』ことが開示されている。」(同10頁2~5行)と認定し、この認定に基づいて、本件発明と引用例発明1とは、「・・・下水汚物生成ユニットからの下水汚物排出物を前記収集室に送るために、ある時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており、前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にあるように構成されている下水システム。」(同11頁3~9行)である点で一致すると認定した。

そこで、取消事由たる審決の相違点2についての判断の当否を検討するに先立ち、審決の前示認定との関連において、引用例発明1の構成を検討する。

(2)  引用例1に、〈1〉「添付図面において、番号1は真空式の汚水管2に接続された水洗便所またはその同類を示す。この形式の装置はいくつかあり得る。汚水管2の端部分3は収集室5に接続された逆止弁4に連通されている。収集室5は真空ポンプ7に接続された吸引管6と連通しており」(審決書6頁10~15行)、〈2〉「本汚水システムは、さらに、自動制御装置10を有し、該自動制御装置10は、必要に応じて、真空ポンプ7のモータ11の始動及び停止を行い、三方弁12によつて、収集室5と真空ポンプ7または大気との間の連通を開く、または、閉じる。」(同7頁4~7行、8頁16行~9頁1行)、〈3〉「自動制御装置10によって、汚水管2内の圧力が或る規定値に達したとき、真空ポンプ7のモータ11を始動する。」(同7頁8~10行、)、〈4〉「本発明に基く排出装置においては、唯1個の室(収集室)が構成されているに過ぎず、このことは排出装置の構造を相当簡単化することを可能にする。唯1個の収集室を使用することは、収集室と逆止め弁とを通じて真空ポンプを真空汚水管に接続することによって可能にされる。」(同7頁17行~8頁3行)との各記載があることは当事者間に争いがない。

そして、引用例1(甲第3号証)には、「部分真空下の汚水管と、真空ポンプと、該真空ポンプに接続された少くとも1個の汚水送り装置と、真空ポンプの吸引管を接続されている自力排出型の収集室を包含する排出装置と、自動制御装置とを有する真空汚水システムにして、前記真空ポンプの前記吸引管に、収集室と真空ポンプとの間の接続を遮断しうる弁が配設されていることと、収集室を大気圧またはそれよりも高い圧力にしうる装置と逆止め弁とを通じて汚水管の端部分が収集室に接続されていることとを特徴とする。真空汚水システム。」(同号証1頁特許請求の範囲1項)が記載されており、また、その発明の詳細な説明には、前示各記載のほか、「汚水管には常に充分に低い圧力が存在するようにすることが本汚水システムの機能を保証するのに必要であるから、汚水管は好適には圧力変換器が配設される。該圧力変換器は、汚水管内の圧力が過度に高く上昇するならば真空ポンプが作動を開始するように前記制御装置に接続されている。」(同2頁右下欄6~11行)との記載、及び前示〈2〉の記載に引き続いて、同〈3〉の記載を含む「真空ポンプ7は真空式の汚水管2内の圧力が余りにも高く上昇するときにのみ始動さるべきである。汚水管2には感圧器13が接続されている。感圧器13は自動制御装置10によつて、汚水管2内の圧力が或る規定値に達したとき、真空ポンプ7のモータ11を始動する。真空ポンプ7が始動するとき、三方弁12は第1図に示される位置を取り、収集室5内に真空が形成され、これによつて、汚水管2の圧力は、逆止め弁4を介して、収集室5内と同じ値に迄減じられる。これと同時に、汚水は汚水管2から収集室5内へ流入する。汚水管2内に充分低い圧力が得られたとき、感圧器13は自動制御装置10によつて真空ポンプ7のモータ11を停止させる。」(同3頁左上欄14行~右上欄8行)との記載がある。

引用例1の前示争いのない各記載、前示認定の各記載及び図面第1図の表示に照らせば、引用例発明1において、汚水管2及びこれと逆止め弁4を介して連通する収集室5は通常は減圧状態にあるものとして構成されていること、そして、汚水管2内の圧力が上昇して規定値を超えた場合、感圧器13と自動制御装置の作用により、三方弁12を介して収集室5と連通する状態となった吸引管6に接続された真空ポンプ7が作動して、収集室5内に真空が形成され、端部が逆止め弁4を介して収集室5と連通する汚水管2内の圧力も収集室5内と同じ値に減じられて、常時減圧を維持するものとされていることが認められる。

(3)  もっとも、審決認定のとおり、引用例1に、〈1〉「該機構は、収集室内へ新たに汚水が流入する以前に収集室が空にされる時間を確実に与えられるように、収集室と真空ポンプとの間の接続の遮断後に該接続の再開を遅延させるごとく仕組まれている」(審決書8頁4~8行)、〈2〉「2個以上の排出ユニットが並列使用されうる。これらは同時に、もしくは交代に、作動するように構成されうる。例えば、吸引管と第1の収集室との間の接続が遮断されるとき、吸引管と第2の収集室との間の接続が開成されうるように仕組まれる」(同頁9~14行)、〈3〉「収集室が空にされるとき、収集室と真空ポンプとの間の接続は遮断され、収集室は同時に大気圧またはそれより高い圧力にされる・・・前記制御装置は好適には遅延機構を配設される・・・真空ポンプ7が停止するとき、大気への連通が三方弁12を介して開成され、収集室5は大気圧下に置かれる」(同9頁10~末行)との各記載があることは当事者間に争いがない。

しかしながら、引用例1の、前示特許請求の範囲1項の記載、「収集室5は・・・逆止め型の底フラツプ8と連通している。底フラツプ8は例えば動汚水管9またはその他の空間であつて排出された汚水が収集される場所に接続している。」(甲第3号証3頁左上欄5~9行)との記載、及び、前示〈3〉の記載に引き続く「このような環境下において、収集室5は自動的に吐出しを行う。収集室5内の汚水重量は底フラツプ8を開くのに充分である。収集室5の完全吐出した保証するため(注、「吐出した」は「吐出しを」の誤記と認められる。)、大気圧に代えて過圧を使用することも可能である。・・・真空ポンプ7が作動し、三方弁12を介して収集室5との連通が開成されるとき、収集室5は部分真空に保たれ、したがつて、自力を以て吐出しを行ない得ない。もし、そのような場合、余りにも多量の汚水が収集室5内に収集されるならば、該汚水は高度感知器14に作用し、該感知器は自動制御装置10を介して真空ポンプ7との接続を閉じる。もし汚水管2内の圧力が依然として余りにも高いならば、収集室5と真空ポンプ7との間の接続が、汚水高さが高度感知器14の作動範囲以下に低下するとき直ちに開成される。これを防止するため、自動制御装置10は遅延装置を配設されており、該装置は、収集室5が空にされるのに充分な時間が確実に得られるような時間に亘つて真空ポンプ7との接続の再開を遅延させる。」(同頁右上欄11行~左下欄13行)との記載、並びに、前示図面第1図に照らすと、前示〈3〉の記載は、収集室5内に収集された汚水を、底フラップ8から下水システムの外部に排出する際に、排出圧力を与えるため、収集室5と真空ポンプとの接続を遮断し、収集室5内の真空状態を解除して大気圧又はそれ以上の圧力とすることが記載されたものであること、また、前示〈1〉の記載は、その際、汚水管2内の圧力が上昇して規定値を超えると、収集室5内の汚水の排出が終わらないうちに、感圧器13と自動制御装置の作用により真空ポンプ7が作動してしまう不都合を防止するために、自動制御装置10に遅延装置を配設して、汚水の排出が完了するまで収集室5と真空ポンプ7との接続の再開を遅延させる機構について記載されたものであることが認められる。そして、そのような収集室5内の汚水の排出という作業が頻繁に行われるものでないことは、前示「収集室5内の汚水重量は底フラツプ8を開くのに充分である」、「余りにも多量の汚水が収集室5内に収集されるならば、該汚水は高度感知器14に作用し、」等の記載から、これを推認することができるし、前示遅延装置に関する記載及び逆止め弁4の作用から見て、汚水管2内の圧力は、収集室5内の汚水の排出作業に伴って必ずしも収集室5内と同じ値にまで上昇する訳ではないことも推認される。

また、引用例1の「第2図には、本発明に基く複数個の汚水排除装置の並列使用が図示されている。この構成は既に説明されたものと基本的には同じである。・・・図示されている2個の汚水排除装置は交互に使用され、従つて、第1の装置が真空下において真空汚水管2に接続されているとき第2の装置が空にされるよう仕組まれている。空にする作動ののち、当該装置は大気圧の下に置かれるが、それを直ちに真空汚水排除システムに接続することも可能である。」(甲第3号証3頁左下欄16行~右上欄9行)との記載及び図面第2図の表示に照らすと、前示〈2〉の記載は、収集室等からなる汚水排除装置が複数あって、これを交互に使用して汚水の収集をする場合に、現に使用されていない収集室は真空にする必要がないので、真空ポンプ及び吸引管との接続を遮断して大気圧下に置き、その間に排出圧力を要する外部への汚水の排出作業を行なってしまうことが記載されたものであることが認められる。

そうすると、前示〈1〉~〈3〉の各記載は、いずれも、現に使用に供されている汚水管が通常は減圧状態にあることを否定するものではなく、もとより、汚水管及び収集室が通常は大気圧又はそれより大きい圧力下にあることが記載されているものでもない。

(4)  したがって、引用例1には、本件発明の「下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており、前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にあるように構成されている」ことが開示されているということはできない。

また、そうしてみると、審決が引用例発明1についてした「便器からの汚水を収集室に送るために、ある時間の間だけ汚水管に減圧状態を生起させるべく自動制御装置を作動させる」構成、及び、「汚水管に減圧状態を生起させるある時間以外の間は、汚水管がより高い圧力(大気圧)下にあるように構成されている」ことがそれぞれ開示されているとの認定(審決書9頁5~8行、10頁2~5行)が、仮に、引用例発明1において、汚水管が通常は大気圧下にあり、汚水を収集室に送る段階で減圧状態が生起されるとの趣旨であって、本件発明の前示構成の開示があることを意味するものであれば、その認定は誤りであるものといわざるを得ない。

そうではないとしても、前示構成を採用し、下水汚物生成ユニット(便器)に下水汚物排出物が生成された際、それを収集室に送るために必要な時間だけ下水管に減圧状態を生起させ、それ以外の時間は下水管がより高い圧力下にある構成を採用した本件発明と、頻繁にあるわけではない収集室内の汚水の排出の際や、現に収集室を使用していない場合を除き、通常は汚水管内の減圧状態が維持されている引用例発明1とが、「・・・下水汚物生成ユニットからの下水汚物排出物を前記収集室に送るために、ある時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており、前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にあるように構成されている下水システム。」である点で一致するとした審決の一致点の認定(審決書10頁6行~11頁9行)は、極めて適切を欠くものといわなければならない。

2  取消事由(相違点2についての判断の誤り)について

(1)  引用例2に、「押釦スイッチ8を押すと・・・給水弁2は励磁コイル2aが励磁されて開となり、電磁弁3は励磁コイル3aが励磁されて切換わる。電磁弁3が切換わると配管4は配管6に連通して配管4内の圧力空気が放出され、吐出弁1も前記給水弁2と同時的に開く。両弁1、2が開くと、便器A内の汚物は配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸取られ、同時に配管Eから便器Aに給水される水および室内空気も吸取られる。この時の水および空気の流れによって、便器A内を洗浄する。吐出弁1および給水弁2は前記タイマーT1、T2の作用によつて一定時間後閉状態に復帰せられ、前記給水および吸取りの機能を停止する。・・・この考案は、・・・少い水で短時間の中に便器の洗浄を達成するほか便所室内の脱臭をも行えるものであり」(審決書5頁7行~6頁3行)との記載があることは当事者間に争いがない。

この記載のほか、引用例2(甲第4号証)には、「便器への給水手段および真空吸取手段を備え、該各手段の給水管および吸取管の途中に、電磁弁若しくは電磁弁によつて制御される給水弁および吐出弁と、これら電磁弁を或る一定時間開の状態に保つタイマーと、さらに前記吸取管に接続した汚物収集タンクの真空度合によつて切換わる圧力スイツチと、タイマーの励磁回路に設けた接点を持ち、該接点は押釦スイツチの操作によつて一方の側の励磁コイルが励磁されて閉成し以後その状態を保持し、他方の側の励磁コイルが励磁された時に復帰するキープリレーとを設け、圧力スイツチは汚物収集タンクが所定範囲の真空度にある時、閉成状態となるタイマー励磁回路の接点と、所定範囲以下の真空度の時吸取手段の真空ポンプ駆動用のモーター回路を閉成する接点および給水弁制御用タイマーの接点が挿入されたキープレリー(注、「キープレリー」は「キープリレー」の誤記と認められる。)の他方の側の励磁コイルの励磁回路を閉成する今1つの接点とを有し、該接点が閉成する時前記タイマー接点がまだ閉成状態を保持しているようにそのタイマーの動作時間を設定した便器洗浄装置。」(同号証2頁実用新案登録請求の範囲)が記載されており、また、考案の詳細な説明には、「第2図乃至第3図に基づいて詳述すれば、同図において1は吸取用配管Dの途中に設けた吐出弁、2は給水用配管Eの途中に設けた給水弁であつて、両者が開くことによつて前記便器Aの洗浄を行うのである。吐出弁1は通常、例えば電磁弁3および配管4を介して与えられている配管5からの流体圧(圧力空気等による)によつて閉じ、電磁弁3が切換わつて配管4が吸取用配管Dの汚物収集タンクB側に連通した時に開くようにする。」(同1頁右欄10~18行)との記載、「9は圧力スイツチであつて、吸取用配管Dの汚物収集タンクB側に連通させた配管10に設けてあり、前記キープリレーの接点7aと直列にタイマー励磁回路に挿入した接点9aと、給水弁2の励磁コイル2aに対して並列に、かつ前記タイマー接点T2_1に対して直列にキープリレーコイル7cを接続する回路に挿入した接点9bと、さらに真空ポンプCの駆動モーターMを電源に接続する回路に挿入した接点9cを持ち、配管10が所定の(便器A内の汚物、水および室内空気を吸引するための)範囲の真空度である場合は、接点9aは閉成し、他の接点9b、9cは開くようにする。」(同欄36行~2頁左欄10行)との記載、前示争いのない記載のうちの「・・・前記給水および吸取の機能を停止する。」の部分に引き続く「この時点で便器Aに洗浄を終了する。汚物および水、室内空気の吸取りによつて、配管10の真空度が低下し、所定範囲の真空度以下になるので、圧力スイツチ9が切換わり、その接点9aは開、接点9b、9cは閉成する。従つてモーターMは始動され、真空ポンプCを駆動する。真空ポンプCはこの駆動で、汚物収集タンクB内の真空度を上げるが、配管10の真空度が所定の範囲に達すれば圧力スイツチ9は復帰するから、真空ポンプCはその時点で停止する。」(同欄32~42行)との記載、「押釦スイツチ8を押した時、汚物収集タンクBおよびこれに継がる配管が所定範囲の真空度に達していなければ、圧力スイツチ9は切換わつた状態にあつて、接点9aが開いているから、タイマーT1、T2は動作せず、吐出弁1及び給水弁2を開かない。・・・またこの状態において押釦スイツチ8を一旦押せば、・・・押釦スイツチ8を押した後、汚物収集タンクBの真空度が所定の範囲に達して、圧力スイツチ9が復帰すれば、自動的に前記洗浄構能を遂行する。」(同頁右欄9~23行)との記載がある。

これらの各記載及び図面第2、第3図の表示に照らすと、引用例2に記載された引用例発明2においては、汚物収集タンクBと連通する吸取用配管Dの汚物収集タンクB側(配管Dの後記吐出弁1より下流側)に連通させた配管10に圧力スイッチ9が設けられており、配管10内の、したがってこれと連通する配管Dの下流側部分及び汚物収集タンクB内の真空度が所定範囲以下となった場合に、圧力スイッチ9が切り換わり、真空度が所定の範囲となるまで真空ポンプCを作動させて、その真空度を維持すること、すなわち、配管10、配管Dの下流側部分及び汚物収集タンクB内は、通常は所定範囲の真空(減圧)状態にあること、便器Aと汚物収集タンクBとの間を通ずる吸取用配管Dの途中に吐出弁1が設けられており、吐出弁1が開くことにより配管Dの吐出弁1より上流側と下流側とが連通して、便器A内の汚物は水及び室内空気とともに配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸い取られるものであること、その吐出弁1の開閉の仕組みは、配管10と連通して通常は真空の状態にある配管6と、一端において電磁弁3を介して配管6及び圧力空気等の供給配管5と選択的に連通し、他端で吐出弁1と接続し、通常は配管5から供給される圧力空気等で満たされた配管4とを設け、押釦スイッチ8を押すことにより、励磁コイル3aの作用で電磁弁3が切り換わって配管4が真空状態の配管6と連通し、配管4内の圧力空気が放出されると、これに接続する吐出弁1が開放し、一定時間後に、タイマーの作用で電磁弁3が切り換わって配管4が配管5と連通し、配管4内が配管5からの圧力空気等で満たされると、その流体圧により吐出弁1が閉じられるというものであることが認められる。

そうすると、確かに、引用例2には、審決認定のとおり、「一定の時間のみ配管4内の圧力空気が放出され減圧状態にする」構成が開示されている(審決書6頁5~7行)といえるが、配管4は汚物等の吸取用配管ではなく、配管4の減圧状態は吐出弁1を開放する作用を有するもので、直接に汚物等を吸い取るものではない。そして、配管Dの吐出弁1より下流側部分及び汚物収集タンクB内は、通常は所定範囲の真空状態にあり、吐出弁1が開いて配管Dの上流側と下流側とが連通したときに、該真空状態の作用で便器A内の汚物等が汚物収集タンクBに吸い取られるのであるから、引用例2には、引用例1と同様、本件発明の「下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており、前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にあるように構成されている」ことが開示されているということはできない。

審決は、相違点2について、漠然と引用例2記載の「配管」が本件発明の「下水管」に相当すると認定することにより、汚物等の吸取用配管ではない引用例2の配管4が本件発明の下水管に相当するとし、その結果、引用例2に「必要な時間の間のみ下水管内の圧力空気を放出させ減圧状態にする」ことが開示されており、かかる機構を引用例1の下水システムに適用して本件発明の構成とすることができるとの判断をしたものであるが、その判断が誤りであることは明らかである。

(2)  被告は、引用例発明2の吸取用配管Dのうち、吐出弁1から汚物収集タンクBまでの部分が必要な時間の間以外も減圧状態にあるとしても、下水システムあるいは便器の洗浄装置における経済効率上の理由から常時減圧状態に置くとすることは非現実的であり、例えば、便器設置室内への入室と同時に室内の照明と連動させて減圧状態とするものであると主張するが、引用例2(甲第4号証)にその主張の根拠となり得るような記載又は示唆は全く存在せず、その主張は失当である。

また、被告は、引用例発明2の吸取用配管Dのうち便器Aから吐出弁1までの部分(吐出弁1より上流側部分)が、吐出弁1の作用により必要な時間の間のみ減圧状態を生じさせるものであって、引用例2には、本件発明の下水汚物生成ユニットと下水汚物収集室との間の半分以上に相当する部分について必要な時間の間のみ減圧状態を生じさせることが開示されており、その範囲で本件発明と引用例発明2とは共通するから、引用例2に「主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく」構成した点の開示があるとした審決の判断に誤りはないと主張する。

しかしながら、前示のとおり、引用例発明2においては、便器Aと汚物収集タンクBとの間を通ずる吸取用配管Dの途中に吐出弁1が設けられており、配管Dのうちの吐出弁1より上流側は便器Aを介して大気と連通しているから、吐出弁1が閉じている通常の場合は、大気圧状態にあるものと考えられるが、引用例2において、この上流側部分は、前示「両弁1、2が開くと、便器A内の汚物は配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸取られ、同時に配管Eから便器Aに給水される水および室内空気も吸取られる。」等の記載に見られるように、汚物等の通路として記載されているほかに、特段の技術的意義を有する旨の記載はない。そうすると、該上流側部分は、汚物収集タンクBと配管Dのうちの吐出弁1より下流側部分の真空状態を利用して、便器A内の汚物を吸取用配管Dを介して汚物収集タンクBまで吸い取る際に、吐出弁1と便器Aとを連通させるために設けたにすぎないものと認められる。したがって、吐出弁1が開き、汚物等が上流側部分から下流側部分へ流入する際に、仮にその上流側部分に減圧状態が生ずるとしても、それは付随的、結果的に生じたものであって、本願発明の要旨をなす「下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に・・・生起させ」た減圧状態には含まれないし、また、引用例発明2がそれを生起させるための機構を有しているものとも認められない。

したがって、被告の前示主張も失当である。

3  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第22345号

審決

東京都大田区中馬込3丁目3番18号

請求人 株式会社 テシカ

東京都新宿区市谷船河原町11番地 飯田橋レインボービル6階

代理人弁理士 安原正之

東京都新宿区市谷船河原町11番地 飯田橋レインボービル6階

代理人弁理士 安原正義

フインランド国 エフアイエヌ-00101 ヘルシンキ ボツクス 230

被請求人 メトラ オーワイ アクチーボラグ

東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル331~340

代理人弁理士 浅村皓

東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル331~340

代理人弁理士 浅村肇

東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル 浅村特許事務所

代理人弁理士 森徹

東京都千代田区大手町2-2-1 新大手町ビル331~340 浅村特許事務所

代理人弁理士 金子憲司

上記当事者間の特許第1424838号発明「下水システム」の特許無効審判事件について、次のとおり審快する。

結論

特許第1424838号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

1. 本件特許発明の手続経緯と要旨

本件特許第1,424,838号発明(以下「本件特許発明」という。)は、昭和54年8月24日(1978年8月25日優先権主張、フィンランド国)に特許出願され、出願公告(特公昭62-34578号)後の昭和63年2月15日に特許設定登録がなされたものである。

本件特許発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「(a)少数の下水汚物生成ユニットと、下水汚物の収集室と、各下水汚物生成ユニットと前記収集室との間に設けられており、全容積の小さい下水管と、

(b)下水汚物を下水管を介して収集室に送るべく減圧状態を生起させるための機構と、前記減圧状態生起機構を始動及び停止させるための制御機構と、

(c)前記少数の下水汚物生成ユニットのうちの選択された一つの下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており、

(d)前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にあるように構成されている下水システム。」

2. 請求人の主張

請求人は、これに対して、「本件特許発明は、甲第1号証(実公昭49-44289号公報)及び甲第2号証(特開昭50-98151号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項により、発明の進歩性を欠き、無効とされるものである」旨主張している。

3. 被請求人の主張

被請求人は、答弁書において次にように主張している。

本件特許発明の特徴的構成は、「少数の下水汚物生成ユニットのうちの選択された一つの下水汚物生成ユニットからの各個別の下水汚物排出物を収集室に送るために、主として必要な時間の間のみ下水管に減圧状態を生起させるべく、制御機構を作動させる機構を有していること」である。

本件特許発明は、かかる特微的構成を備えているから、複数の下水汚物生成ユニットのうちの一つの下水汚物生成ユニットが使用され、この一つのユニットで汚物が生成された場合、この一つのユニットがそこで生じた汚物の搬送に必要な時間の間、対応する下水管を介して選択的に収集室に減圧接続され、この一つのユニットの汚物が収集室に送られ得る。従って、この発明の下水システムでは、複数の下水汚物生成ユニットに対して、単一の収集室および単一の減圧状態生起機構を設けるのみでよいのみならず、水等の使用量が少なく且つ動作に要する減圧状態の形成が簡便に行われ得るという顕著な作用効果を奏するのである。

甲第1号証は、単一の便器のみが備えられた洗浄装置を示しているだけであり、前述した本件特許発明の特徴的構成について何も示唆するところかない。

甲第2号証について、第2図を参照して、複数の水洗便所1、1と、収集室5、5との接続関係が、本件特許発明の前述した特徴的構成を教えるものでないことは明らかである。

4. 甲号証

請求人の提示した甲第1、2号証には、次の事項が開示されているものと認める。

〔1〕甲第1号証について

「押釦スイッチ8を押すと・・・(略)・・・・・給水弁2は励磁コイル2aが励磁されて開となり、電磁弁3は励磁コイル3aが励磁されて切換わる。電磁弁3が切換わると配管4は配管6に連通して配管4内の圧力空気が放出され、吐出弁1も前記給水弁2と同時的に開く。両弁1、2が開くと、便器A内の汚物は配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸取られ、同時に配管Eから便器Aに給水される水および室内空気も吸取られる。この時の水および空気の流れによって、便器A内を洗浄する。吐出弁1および給水弁2は前記タイマーT1、T2の作用によって一定時間後閉状態に復帰せられ、前記給水および吸取りの機能を停止する(甲第1号証公報3欄12行~32行)。・・・(略)・・・この考案は、・・・少い水で短時間の中に便器の洗浄を達成するほか便所室内の脱臭をも行えるものであり(甲第1号証公報4欄24行~28行)」との記載がある。

したがって、甲第1号証には、「一定の時間のみ配管4内の圧力空気が放出され減圧状態にする」構成が開示されている。

〔2〕甲第2号証について

(A)本件特許発明の上記(a)に記載の構成に関して、「添付図面において、番号1は真空式の汚水管2に接続された水洗便所またはその同類を示す。この形式の装置はいくつかあり得る。汚水管2の端部分3は収集室5に接続された逆止弁4に連通されている。収集室5は真空ポンプ7に接続された吸引管6と連通しており(甲第2号証公報7欄1行~6行)」との記載があり、また、便器は「2個並列に使用」されていることが図面第2図に示されている。

したがって、甲第2号証には、「2個(少数)の便器と、汚水の収集室と、各便器と収集室との間に汚水管が設けられている構成」が開示されている。

(B)本件特許発明の上記(b)に記載の構成に関して、「本汚水システムは、さらに、自動制御装置10を有し、該自動制御装置10は、必要に応じて、真空ポンプ7のモータ11の始動及び停止を行い(甲第2号証公報7欄9行~12行)、・・・(略)・・・自動制御装置10によって、汚水管2内の圧力が或る規定値に達したとき、真空ポンプ7のモータ11を始動する(甲第2号証公報7欄18行~20行)。」との記載がある。

したがって、甲第2号証には、「汚水を汚水管を介して収集室に送るべく減圧状態を生起させるための真空ポンプと、このポンプを始動及び停止させるための自動制御装置」が開示されている。

(C)本件特許発明の上記(c)に記載の構成に関して、「本発明に基く排出装置においては、唯1個の室(収集室)が構成されているに過ぎず、このことは排出装置の構造を相当簡単化することを可能にする。唯1個の収集室を使用することは、収集室と逆止め弁とを通じて真空ポンプを真空汚水管に接続することによって可能にされる(甲第2号証公報4欄18行~5欄3行)。・・・(略)・・・該機構は、収集室内へ新たに汚水が流入する以前に収集室が空にされる時間を確実に与えられるように、収集室と真空ポンプとの間の接続の遮断後に該接続の再開を遅延させるごとく仕組まれている(甲第2号証公報6欄1行~5行)。・・・(略)・・・2個以上の排出ユニットが並列使用されうる。これらは同時に、もしくは交代に、作動するように構成されうる。例えば、吸引管と第1の収集室との間の接続が遮断されるとき、吸引管と第2の収集室との間の接続が開成されうるように仕組まれる(甲第2号証公報6欄13行~18行)。」との記載がある。

また、「本汚水システムは、さらに、自動制御装置10を有し、該自動制御装置10は、必要に応じて、真空ポンプ7のモータ11の始動及び停止を行い、三方弁12によって、収集室5と真空ポンプ7または大気との間の連通を開く、または、閉じる(甲第2号証公報7欄9行~14行)。」と記載されており、自動制御装置10によって三方弁を作動させ収集室を減圧状態にする構成が開示されている。

したがって、甲第2号証には、「2つの便器のうちの選択された一つの便器からの汚水を収集室に送るために、ある時間の間だけ汚水管に減圧状態を生起させるべく自動制御装置を作動させる」構成が開示されているといえる。

(D)本件特許発明の上記(d)に記載の構成に関して、「収集室が空にされるとき、収集室と真空ポンプとの間の接続は遮断され、収集室は同時に大気圧またはそれより高い圧力にされる(甲第2号証公報5欄3行~6行)。このために異る数個の弁が使用され得るが、唯1個の三方弁を使用することも可能である(甲第2号証公報5欄6行~7行)。・・・(略)・・・前記制御装置は好適には遅延機構を配設される(甲第2号証公報5欄20行~6欄1行)。・・・(略)・・・真空ポンプ7が停止するとき、大気への連通が三方弁12を介して開成され、収集室5は大気圧下に置かれる(甲第2号証公報8欄9行~11行)。」などの記載がある。

したがって、甲第2号証には、「汚水管に減圧状態を生起させるある時間以外の間は、汚水管がより高い圧力(大気圧)下にあるように構成されている」ことが開示されている。

5. 本件特許発明と甲第2号証との対比

本件特許発明と甲第2号証に記載のものとを対比する。

甲第2号証に記載のものの「便器又は水洗便所」、「汚水管」、「真空ポンプ」、「自動制御装置」及び「汚水システム」は、それぞれ本件特許発明の「下水汚物生成ユニット」、「下水管」、「減圧状態を生起させるための機構」、「制御機構」及び「下水システム」に相当する。

したがって、両者は、次の点で一致している。

一致点:

「少数の下水汚物生成ユニットと、下水汚物の収集室と、各下水汚物生成ユニットと前記収集室との間に設けられた下水管と、下水汚物を下水管を介して収集室に送るべく減圧状態を生起させるための機構と、前記減圧状態生起機構を始動及び停止させるための制御機構と、前記少数の下水汚物生成ユニットのうちの選択された一つの下水汚物生成ユニットからの下水汚物排出物を前記収集室に送るために、ある時間の間のみ前記下水管に減圧状態を生起させるべく、前記制御機構を作動させる機構とを有しており、前記時間以外の間前記下水管がより高い圧力下にあるように構成されている下水システム。」

しかしながら、甲第2号証には、本件特許発明の次の点の記載がなく、両者は相違している。

相違点:

〔相違点1〕「全容積の小さい」下水管である点

〔相違点2〕「各個別」の下水汚物排出物を前記収集室に送るために、「主として必要な時間のみ」下水管に減圧状態を生起させるべく構成した点

6. 当審の判断

上記〔相違点1〕〔相違点2〕について検討する。

(1) 〔相違点1〕について

甲第1号証の装置は、上記〔2〕に記載のとおり「この考案は、・・・少い水で短時間の中に便器の洗浄を達成することができる(甲第1号証公報4欄24行~27行)」ものであり、節水のためあるいは減圧効率を上げるために、下水管の容量を小さくすることは、当業者が当然考慮されるべき設計事項である。

(2) 〔相違点2〕について

前記〔1〕甲第1号証についての項の記載において、甲第1号証に記載の「配管」及び「便器」は、本件特許発明の「下水管」及び「下水汚物生成ユニット」に相当し、また、「一定の時間」とは、便器A内の汚物は配管Dを通じて汚物収集タンクBに吸取られるのに「必要な時間」を意味するので、結局、甲第1号証には、1つの下水汚物生成ユニットについて「必要な時間の間のみ下水管内の圧力空気を放出させ減圧状態にする」構成が開示されているといえる。

上述のとおり1つの下水汚物生成ユニットについて必要な時間のみ下水管に減圧状態を生起させることが甲第1号証に記載されている以上、かかる機構を甲第2号証に記載の1つの収集室と複数の下水汚物生成ユニットからなる下水システムに適用し、「各個別」の下水汚物生成ユニットからの排出物を1つの収集室に送るよう構成することは、当業者なら容易に想到することができたものといわざるをえない。

したがって、甲第1号証に記載のかかる機構を甲第2号証に記載の複数の下水汚物生成ユニットに適用して、本件特許発明のごとく構成することは、当業者が容易に発明することができたものとは認められ、しかも、こうした構成によっても格別顕著な効果を奏するものとは認められない。

7. むすび

以上のとおりであるから、本件特許発明は、甲第1、2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。したがって、本件特許発明は、特許法第29条2項の規定に違反して特許されたものであるから、同法第123条第1項第1号の規定により、無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年4月15日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴間として90日を附加する。

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